Wednesday, October 31, 2012

野球

野球は正岡子規 (1867-1902) による造語。Baseball は直訳的には塁球とでもなるのだろうが、子規は自分の本名である升 (のぼる) から駄洒落を連想して命名した (のぼる野ボール野球)。守備陣が立つのが field で、守っている人 (野手) が fielder であるから、field を訳していて思いついたのだろう。アメリカでは野球のことを ballgame とはいうが、fieldball のような言い方はしない。

棺桶はおれにぴったりだ (子規が引用したスコットランドのバラード)
俳句 (子規ゆかりの言葉)
野球に関わりのある言葉

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敬遠

 敬遠は『論語』雍也 (ようや) 篇が出典。
民の義を務め、鬼神を敬してこれを遠ざく。
 中国語では敬而遠之 (jìng'éryuǎnzhī) の四字成語として用いる。
 野球の敬遠は英語では (intentional) walk 「故意に歩かせること」という。「近付かない、離れている」は to stay away from という。to keep at arm’s length「腕の長さのところから近づけない」ことといった表現もある。

Tuesday, October 30, 2012

河豚

ふぐは上代では濁らずにふくと呼んでいた。十世紀の『倭名類聚鈔』での表記は布久、または、布久閉 (ふくべ)。河豚は海水から出すと空気を吸い込んで膨らみ、そのさまが瓢箪にも似ているのでふくべと呼んでいた。今日でもにあやかってふくと清音で呼ぶことがある。


瓜・瓢箪に関する言葉
かぼちゃ
ゴーヤ
瓢箪から駒

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Monday, October 29, 2012

本語では「目に入れても痛くない」くらいにかわいいといった言い方をする。もちろん、大切にしたい人は「目に入れても痛くない」のである。

 アラブ人は大切な人を「わたしの瞳」と表現する。時には、妹が姉にいうこともある (バートン版千夜一夜の第十七夜)

 英語では、「瞳」も「児童、生徒」も pupil という。両方の意味において語源は究極的には同じであり、印欧祖語語根「(哺乳動物の) 乳頭、乳首」からできている。「生徒、児童」の意味の pupil はラテン語の男性形名詞からで、「瞳、瞳孔」は女性形名詞から。瞳を覗き込むと覗いた人の姿が瞳に反映されて「小さな人形」または「ちっちゃな女の子」に見えることから、命名されている。ただ、英語では大切な人を pupil とは言わない。

 pupil 「瞳、瞳孔」を指す英語の言い回しに apple of the eye 「目の実 or りんご」があり、この表現では比喩的に「大切なもの (者 or 物)」を指すことがある。apple of the eye には九世紀の初出例がある。英語はアラビア語と同様に、目に入れても痛くないものではなく、そのものだから大切なのだと表現していることになる。

pupil "student, learner"
[Anglo-French noun pupille “orphan,” from Latin masculine noun pupillus (feminine noun pupilla), from noun pupulus “little boy,” from masculine noun pupus “boy, child” (feminine noun pupa ”girl.” PIE root *pap- “teat.”)

pupil “center part of the iris of the eye”
[Middle French, from Latin  feminine noun pupilla “pupil of the eye; little doll,” from pupa. The pupil is so called because when you look into the eye, an image like a little doll or girl is reflected on that part of the eye.]

apple of the eye "pupil; cherished one or thing."
[Old English.]

体の部位に関わりのある言葉
果物 (apple について言及)
言葉の使い方の比較
繋がっている眉毛 (体の特徴と各民族の言い伝えの違い)


Sunday, October 28, 2012

頓珍漢

んとん、ちんちん、かんかん。日本語にはこの手のオノマトペが多い。とんちんかんは鍛冶屋から漏れて来る音が起源であるという。親方が熱した鉄を打ち、弟子は槌を入れる。音が揃わずに聞こえて来ることから、問に対する答が噛み合ないさまや、その場ではどうでもいいような問に用いるようになり、「ちぐはぐな、ずれている」の意味となった。そこから、噛み合ないさまやそういった会話をする者をとんちんかんというようになった。漢字の頓珍漢は当て字。


鍛冶屋から出て来た言葉
相槌
叩き台


Saturday, October 27, 2012

薔薇

薔薇は。日本では、刺のある植物の総称であったらしい。うばら、いばら、あるいは、むばらなどといっていた東国方言ではうまら。充てられていた漢字は薔薇の表記は中国語からで、中国語では qiángwēi 。漢語はショウビで、明治期に使われていたが、今はもっぱら訓読みでばらと読む。



Friday, October 26, 2012

The Donkey and the Dog

This is one of the fables told by Jean de la Fontaine, who we can call Aesop of France.
   Once upon a time, there were an ass & a dog, who were going along a road with their master. They rested by the roadside, & when the master took a nap, the donkey applied his nippers to the grass. The dog, also feeling hungry, asked the donkey to lower down his loaded basket so that he could get a piece of bread. The donkey was busy to eat & didn’t listen to the dog. At last, the donkey said to the dog, “I advise you to wait till our master awakes. He will give his dog the usual food.” A young hungry wolf appeared out of the wood, then. The donkey drew back in fright & asked the dog to help. The dog said to the donkey, “I advise you, my friend, to run away with all your strength, till master's nap is fairly done.” The donkey couldn't run faster than the wolf.
   A lesson Jean de la Fontaine added to this tale is:
Il se faut entraider. C’est la loi de la nature.
It is our duty to help each other. That is the law of nature.

れはフランスのイソップとも称されるジャン・ドゥ・ラ・フォンテーヌの寓話のひとつである。
 むかしむかし、ご主人様に連れられて道を行く驢馬と犬がいました。道端で休んでご主人様が昼寝をすると、驢馬は草を食み出しました。犬も空腹でしたので、パンを取れるように、背負っている荷物を下ろしてくれと驢馬に頼みました。驢馬は食べるのに忙しくて犬の言うことを聞きませんでした。しまいに驢馬は犬に言いました。「ご主人様が昼寝から覚めるまで待てばいいよ。目を覚ませばいつものように餌をくれるから。」 そのとき、おなかをすかせた子供の狼が森から出てきました。驢馬はぎょっとして後ずさりし、犬に助けてくれと頼みました。犬は驢馬に言いました。「ご主人様が昼寝から覚めるまで、全力で走って逃げればいいよ。」 驢馬は狼よりも早く走ることはできませんでした。
 ジャン・ドぅ・ラ・フォンテーヌがこの話に付けた教訓は

お互いに助け合わなければならない。それが自然の掟である。

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仏語








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Thursday, October 25, 2012

antiguo


言葉の使い方の違い

  スペイン語 antiguo は英語の antique と同じくラテン語から来ているが、英語では一部の意味が失われているので、使い方に違いがある。

antiguo (Spanish)
[Latin adjective antiquus “antique, old, former,”  made up of preposition ante “before”: PIE root  *ant- "front"]

antique (English)
[Via French, from Latin antiquus.]

モノを指すときは対応する。
reloj antiguo.
(逐語訳)
骨董の時計。
(literal translation)
antique clock.

ヒトを指すとき、英語では former old を使う。
el antiguo proprietario
(和)
元オーナー。
(English translation)
the former owner.

mis antiguos amigos.
(和)
わたしの古い友人。
(English translation)
my old friends.


Monday, October 22, 2012

冬将軍

八一二年、フランスのナポレオン軍がロシアに侵攻してモスクワを包囲した。しかし、厳しい寒さと積雪に苛まれて撤退を余儀なくされた。ロシアの冬将軍が勝利したのである。冬将軍はロシア語ではジェド・マロース (Дед мороз) という。英国の記者はそのロシア語を General Frost と英訳した。Frost は「霜、大寒、冬 (の寒さの厳しさ)」のことで、日本語の冬将軍は英語からの翻訳である。危機的状況下で、自然現象が正しい方に味方するという考え方は古今東西いっしょである。(元寇のとき、神風が吹いて日本は救われた)

 ジェド・マロースは雪の上着をはおり、氷の靴を履いた白ヒゲの老人で、民話では、辛抱強いこどもに褒美を与え、我慢できないこどもには冷たい。いじわるな継母に家から追い出されたこどもがジェド・マロースに出会ったとき、ジェド・マロースは冷気を吹きかけたが、その子は「寒くない」と言って我慢した。ジェド・マロースは毛布と食べ物を与えた。そのことを知った欲張りな継母は自分の実の子にも同じ思いをさせようとして外に出した。ジェド・マロースは冷気を吹き付けた。その子は「寒い、寒い」と不平を言って、辛抱強くなかった。ジェド・マロースは冷気を吹き続けた。その子は凍死した。

 ジェト・マロースは冷害を齎すと信じられていたので、ロシアの農民は春になると、お供え物を捧げていた。




鬼に金棒

鬼に金棒は強い者が扱いのなれた武器を持つと更に強くなるというたとえ。江戸時代に成立した式亭三馬 (1776-1822) 作『浮世風呂』は湯屋を舞台とした落語的な読み物だが、その中に、鬼に金棒、弁慶に長刀 (なぎなた) という記述がある。江戸のいろはかるたの「お」に割り振られていることわざは鬼に金棒である。

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Saturday, October 20, 2012

河豚は食いたし命は惜しし

西洋の刺のない薔薇はないは色っぽい面があるが、日本では食い気が勝る。河豚は食いたし命は惜しし。旨いものには毒がある。

 ふぐは下関あたりでは濁らないでふくと呼ばれ、に通じるということで縁起物とされる。

関連

食べ物に関する言葉
刺のない薔薇はない

河豚


Friday, October 19, 2012

Nulla rosa sine spinis

Nulla rosa sine spinis

word-for-word translation
No rose without thorns.

逐語的邦訳
刺のない薔薇はない。

テン語のことわざ。読んで字の如く「美しいものには危ない点もある」こと。

 nulla nullus (男性形単数主格) の女性形で「ない」に相当する。英単語 null の祖先。「ない」を指す ne に「ひとつも」を指す ullus が結合してできていて、逐語的には not any に相当する。

 rosa は「薔薇」を指す女性名詞で、もちろん、 rose の祖先である。

 sine は前置詞で without に相当し、奪格を支配する。

 spinis spina 「とげ」の複数奪格形である。この単語は複数で用いられるとき「困難」を意味することがある。spina は英単語 spine の先祖である。

 趣は異なるが、日本には河豚は食いたし命は惜ししということわざがある。

薔薇
河豚は食いたし命は惜しし

Thursday, October 18, 2012

Who Speaks Correct English?

Since the 17th or 18th century, English grammarians have been making the rules for correct English, which are not natural but artificial. For example, a double negation is incorrect & a sentence can’t be ended with a preposition. But some of English speakers, especially ones who live in the United States, are against authority. Clarence Darrow (1857-1938), American lawyer, once said:
Even if you do learn to speak correct English, whom are you going to speak it to? 
七八世紀以降、英語の文法家は、自然発生的ではなく人為的な、正しい英語のためのさまざまなルールを作ってきている。例えば、二重否定は間違いだとか、文は前置詞で終わらせてはならないといったものである。しかし英語話者、とくに米国に暮らす人々の中には反権威主義者がいるものである。アメリカの弁護士クラレンス・ダロウはこういったことがある。
正しい英語の話し方を学ぶとしても、いったい誰に話しかけるためなのか?





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Wednesday, October 17, 2012

飲食物に関する言葉

飲食物に関する言葉一覧

鮟鱇
烏龍茶
おじや
カステラ
かぼちゃ
蒲鉾と竹輪
カルボナーラ
がんも
キッシュとバームクーヘン
キャンディー
きんぴら
腐っても鯛
果物
グミ
鶏卵素麺
ゴーヤ
胡麻すり
金平糖
シーチキン
シュークリーム
上戸か、下戸か
伊達巻
たぬきそば
チヤンプルー
チンゲンサイ

ゴーヤ

おやゴーヤーなどとも表記する。ウチナーグチではゴーヤー。原産地はインドで十四世紀に中国に伝わった。中国語の苦瓜kǔguā〕からの転訛か。タガログ語は ampalaya、インドネシア語やジャワ語では pare / pare ayam で音が違う。ゴーヤは中国から沖縄に伝わったものだろう。和名の蔓茘枝は秋の季語。熟すと中身が甘くなるのでれいし (ライチ) というようになったのだという。英語は翻訳借用で bitter melon / bitter gourd 「苦い瓜」という。


食べ物に関する言葉

瓜・瓢箪に関する言葉
かぼちゃ
瓢箪から駒
河豚 (ふくべ = ひょうたん)

Tuesday, October 16, 2012

aapa

aapa

--- WORD DNA -------------------------------------------
1998 noun “elder sister.”
This word is also used to address an older woman with respect or familiarity.

ETYMOLOGY
Urdu āpa, from āp 2nd or 3rd person pronoun, (used to refer to or address respectable persons,) literally “self, oneself.” Urdu is one of daughter languages of Sanskrit. Urdu āpa is ultimately from Sanskrit ātman noun “self.”
 ------------------------------------------ 言葉の遺伝子 ---

ルドゥー語の āpa 「姉、あねさん、() ねえさん」から借用されて英単語になった単語。  āp は二人称・三人称の敬称代名詞で、āpa の親である。ウルドゥー語は主にアラビア文字で表記され、パキスタンやインドのムスリムの言語としてアラビア語からの借用語も多いが、印欧語族のインド・イラン語派に属し、直接の先祖は梵語である。ウルドゥー語の āpa は究極的には梵語の ātman 「アートマン、我」から派生したという。

 一般に印欧語族は、を区別しない。アラビア語も ukht (أخت) で、を区別し
ない。となると、ウルドゥー語の āpa はそれ以外の文化圏からの影響を受けて形成されたものであろう。

أخت
ウクゥート
「姉、妹」の意味。
アラビア語は向かって右から読む。


Monday, October 15, 2012

経営

経営の古い用例は『詩経』や『書経』に見出せる。『詩経』には、中国史上第三の王朝・周の文王による「霊台」と題された詩がある。詩中では、土地の測量・整備から建造物を建てていく工程を経営といっている。

 漢代の司馬相如 (179 BC - 117 BC) による「上林の賦」は天子の広壮な御苑の中を幾筋かの川がうねりくねりながら流れる様子を経営と表現している。音読みでケイエイ、現代北京語のピンインで jīngyíng であるが、古代にあってはオノマトペであったのだという。上記の例からすると、日本語ではうねうね、または、くねくねに近いかもしれない。オノマトペは多用されるから、意味は多くなる。しかし、何本かの仕事が各部署で紆余曲折しながら同時進行しているさまは、何本もの川がくねりながら流れているさまと似ていて、現代の日中両語の経営の語感に奇妙な形で重なっているといえる。現代語の意味は西洋から来たもので、「指導的立場で会社・店などを運営すること、マネージメント」である。

 仏教では「人生を営むこと」を経営という。かつて寺山修司 (1935-83) は「私の職業は寺山修司です」といったそうだが、仏教用語を用いると「寺山修司は寺山修司を経営していた」といえるのである。

 日本で、「人を育てる」ことは経営の一環であった例がある。現在のパナソニックの創業者松下幸之助 (1894-1989) は「我が社は人をつくります。それからモノをつくります」を信条としていた。トヨタ自動車は「モノづくりの前に、人づくり」がモットーであった。

manage

Sunday, October 14, 2012

でたらめ

でたらめは賽子の「でめ」で、賽子を振って出る目はランダムだから、規則性や計画性のないことをでたらめというようになった。出鱈目は当て字。江戸時代の賭場からでてきた言葉かもしれない。

Aleam fuge (骰子にまつわるラテン語のことわざ)
snake eyes (米語「ピンぞろの丁」)
snakes and ladders (骰子を使うボードゲーム)
思うつぼ (骰子賭博からできた言葉)
ぴんきり (「ぴん」は骰子の一か)



Saturday, October 13, 2012

百足之虫、死而不僵

百足之虫、死而不僵 
(Bǎizú zhī chóng, sǐ ér bù jiāng,)

word-for-word translation
The centipede dies, but it doesn’t become stiff.

free translation
A person leaves his/her influence after death.
(He has not lived that lives not after death.)

逐語的邦訳
百足、死してこわばらず。

意訳
死んでも影響は遺す。

国の慣用句にはこの手のものがほかにもある。『三国志』のエピソードに由来する死せる孔明、生きる仲達を走らすや、 () は死して皮を留め、人は死して名を留むである。百足のたとえは、しぶとさを強調するものだろう。

 日本には、人は一代、名は末代がある。

 英語で類似のことわざは、死後に生きていない者は生きたわけではない --- He has not lived that lives not after death... --- である。





古英語の双数代名詞

英語期 (c450 AD c1100 AD) では双数はほとんど忘れ去られた文法であったが、代名詞はあった。「我ら二者は (we two)」を指す wit と「汝ら二者 (you two)」を指す git である。なお、格活用の語形は以下のようなものであった。

主格 wit
属格 uncer
与格 unc
対格 unc

主格 git
属格 incer
与格 inc
対格 inc

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Tuesday, October 09, 2012

相棒

相棒は、もともとは、駕篭かきをいっしょにする人。江戸時代の庶民の駕篭は一本の棒に籠を吊るした乗物。籠のところにお客さんを乗せ、棒の前後を二人の駕篭かきが担ぎ上げて、お客さんの希望する場所に向かう。いわば人力タクシーだが、駕篭かき二人の息が合って足並みが揃っていないとうまくいかなかった商売なのだろう。時代劇や落語を信じるなら、かけ声は「エッ、ホッ、エッ、ホッ、エッ、ホッ。」 今では職業に関係なく「パートナー (partner)」の意味。特に親しく息が合う場合に用いる。

相のつく熟語
相槌

吉原に通う駕篭
勘当箱



PS: 『相棒』はよく見るTVドラマ

  











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お転婆

おてんばは一説によると、オランダ語 ontembaar(「しつけられない (= untamable, untuly)」からだというが、むしろ生粋の日本語で、てばてばしいの語根てばからできたものであろうてばてばしいは「けばけばしい、派手な、目立つ  (= showy)」の意味である。元気に活発に動く女の子は目立つ。

オランダ語からきた日本語
コップ

Sunday, October 07, 2012

双数について

詞の数 (すう) について考えてみる。

 現代英語の名詞は、一つのモノと二つ以上のもので語形が異なる (: word - words)。代名詞もその傾向がある (: it - they)。現代英語と同様に古英語期にはほとんど単数と複数になっていたが、印欧祖語には双数があったと考えられている。現代英語では both between whether either といった言葉が双数の名残と考えられる。
Both her parents.
彼女の両親。 
They both shook their hands.
彼ら二人は握手した。 
He cleaned both ears.
彼は両方の耳を掃除した。 
I possess slaves, both male and female.
わたしは男と女両方の奴隷を所有している。
 between は通例、二つのモノ (または、二者) の間を指し、among は三つ (三者) 以上の関係に用いる。
Silence passed between the two men.
二人の男の間に沈黙が流れた。 
among the three.
その三人の間で。
 ヒトから見て対の物は多い。光と陰、善と悪、賛成と反対、生と死、右と左、前と後ろ、上と下、男と女、父と母、夫と妻、耳、目、鼻の穴、腕、脚などなど枚挙にいとまがない。そのへんが双数の起源であろう。

Friday, October 05, 2012

五行と五葬

ベットの死者の弔い方は五種類ある。

 天葬 (sky burial / celestial burial )は、遺体を高度が高すぎて草木も生えず、強い風が吹く山の頂に運んで、天の鷹に食べてもらうもので、別名、鳥葬。チベットでは一般的な葬儀方法。遺体は物質的には禿鷲の食べ物となるが、魂は天に昇る。

 水葬 Iwater burial) は川岸で遺体をばらばらにしたり、あるいは、白い布で包んで川に流す弔い方である。乞食や孤児はこの方法で見送られる。遺体は魚の食べ物となり、魂は清められる。

 土葬 (inhumation) は天然痘などの疫病で亡くなった人や、武器で殺された人、殺人犯などの埋葬方法である。チベット以外の国で土葬というとふつう棺桶におさめて埋めるが、チベットでは棺桶は使わない。不幸が二度と起きないようにとの願いを込める。

 火葬 (cremation) は焼いてのこった遺骨を高い山や川に散骨したり、仏塔におさめたりする弔い方である。高僧や高位高官に用いられる。

 塔葬  (pagoda burial) は、いうなれば、木乃伊にして、仏塔に安置する弔い方である。木乃伊は活仏であり、死後、塩で水分を絞り出し、防腐効果のある香料などを用いて保存する。歴代のダライ・ラマはこの方法で弔われる。

 中国人はチベットの葬礼を奇異に見るが、どうも五行に対応しているように思える。ぴったしではないが、以下のような対応表はできる。
 火→火葬
水→水葬
木→塔葬 (仏塔は木や石でできている)
金→塔葬 ( 同上 )
土→土葬
(該当なし) →空葬
  塔葬以外は西洋の四大元素に対応する (強引か?)
Fire→火葬
Water→水葬
Air→空葬 (高い山の上は強い風が吹く)
Earth→土葬
棺桶はおれにぴったりだ
五行についての覚え書き

Wednesday, October 03, 2012

格活用形と格の種類

格活用形の語形数と格の種類の数は一致しない。現代英語の格活用形の語形数は、一般名詞で二つ、所有格形とその他の形であるが、語順によって様々な格が存在する。

 たとえば、「春」を指す spring には、格活用形として spring と spring's しかないが、語順で他の格機能が発生する。

 Spring has come 「春が来た」というときの spring と、they met that spring 「彼らはその春出会った」の spring は同形だが、格は異なる。最初の文の spring は主格であり、二番目のは位格である。

 格活用形の数は言語によって異なる。英語と古英語では古英語の方が多いし、古英語と印欧祖語では印欧祖語の方が多い。ところで、格の数となるとどうだろう。

 印欧祖語の格の種類は、現代英語や日本語でも見出せる。語順でおぎないきれないとき、現代英語は前置詞を用いる。日本語は格助詞が名詞に付いて格機能を生み出す。

主格 (nominative): 主語を形成。「~は / ~が」
 ☆ Spring has come / Who said that?
属格 (genitive): 所有格を形成。「~の / ~が」
 ☆ 我が = my / our country
与格 (dative): 受け手、受け手となるモノなどを明示。「~に / ~へ」
 ☆ Tell me the story!
対格 (accusative): 動かす対象などを明示。「~を」
 ☆ They run the company.
奪格 (ablative): 起源・由来・出発地などを明示。「~からきた / ~より / による 」・
 ☆ Works by Shakespeare / Erasmus of Rotterdam
(instrumental): 道具や手段を明示 「~で / ~よって」
 ☆ They came by car. / Cut it with the scissors!
処格 (locative): 空間や時間を明示。「~に / ~で」
 ☆ at night / in the city
呼格 (vocative): 呼びかける対象を明示。「~よ」
 ☆ God save us!

Tuesday, October 02, 2012

働き一両考え五両

働き一両考え五両は、働くことによって得られる利益に対して、考えることによって新なな発想を生み出せば、得られる利益は五倍になると教える教訓。江戸時代、財政が傾いた米沢藩を立て直した九代藩主上杉治憲 (1751-1822 / 宝暦元年~文政五年の言葉。治憲は隠居後、鷹山と号したが、今はこちらの名前の方が一般的に広く知れ渡っているので、ここでも以下、鷹山と記す。

 為せば成る為さねば成らぬ何事も成らぬは人の為さぬなりけりも鷹山作であるが、鷹山は倹約、即ち、緊縮財政を徹底したのみならず、産業を育成して、藩の財政健全化を計った政治家であった。ケインズ以前にケインズ的発想でもって田んぼの造成や堤防工事といった公共投資も行い、更に養蚕業を勃興させ、新しい産業として米沢紬を生み出した。ほかに鷹山が興した事業は、鯉の養殖と甘露煮作り、紅花の栽培、藍染め、酒作りなどがある。

 一説によると、アメリカのケネディー大統領 (John F. Kennedy, 1917-63) は新渡戸稲造 (1862-1933) の『武士道』を通じて上杉鷹山を知り、あるとき、日本の記者に、尊敬する日本の政治家はと尋ねられた際、「上杉鷹山です」と答えたのだという。

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